『ストレス脳』アンデシュ・ハンセン (著)

読書

 『ストレス脳』アンデシュ・ハンセン (著)を読みました。大枠としては著者が以前に書いた『スマホ脳』にあるように、脳が生き延びて子孫を残すよう進化した結果、さまざまな苦しみや困難が発生するという内容ですが、本書はよりストレスの原因及び役割にフォーカスした内容になっていました。こんな内容でしたので、よろしければどうぞ。

脳の役割

 脳の役割は『生き延びて子孫を残すこと』。そのために感情を使って人を行動させる。感情は私たちの行動を指揮するために脳で作られ、何百万年もの進化の「無慈悲な」取捨選択にさらされ、方向づけられたものだ。それを著者はこう表現する。

ロマンチックに表現すれば、飢餓や感染症、不慮の死を恐るべき確率で避けてきた何万世代もの祖先の囁き声なのだ。

 表現はロマンチックだが、基本的にこの囁き声はネガティブだ。危険ばかりに囲まれていたころの囁き声なのだから。さらに、はっきり言ってしまえば囁き声というより絶叫だ。危険に対して、もしくはその可能性に対して金切り声をあげて知られせてくれる。

 茂みからガサッと音がしたら、その瞬間に全力で逃げるように。目の前に曲がりくねった細長い物体を見つけたら、一瞬で緊張するように。茂みに猛獣が隠れていたわけではなく、ただ風が吹き抜けただけかもしれないし、曲がりくねったものは毒蛇ではなく、ただの枯れ枝かもしれない。それでもその瞬間、『闘争か逃走か』という状態になれなかった者は、その万が一の可能性である猛獣や毒蛇で命を落とし、遺伝子を繋ぐことができなかった。

 脳は世界を「ありのまま」解釈させてくれない。それは生きのびる視点こそが重要だから。

 それが不安に繋がっていく。

不安に苛まれるのは「あたりまえ」

 脳は「何かおかしい」と伝えるのが大好きだ。というか、それが無いと先の例のように襲われて死んでしまう。瞬時に『闘争か逃走か』という状態になれるシステムの中心には脳の扁桃体と呼ばれる部分がかかわっていて、『火災報知器の原則』に則って作動する。その特徴は、「反応は早いが正確性に難がある」。危険を見逃すくらいなら、誤報の方がよほどまし。一度の見逃しで命を落とすことも、当然のようにあったのだから。

 現在では死と隣り合わせの生活を送っている人の方が少数になって、多くの人が安全に過ごせているにも関わらず、強い不安を感じてしまう原因は、脳の設定が飢餓や感染症、不慮の死でティーンエイジャーになる前に半数が死んでいた世界に設定されているせいだと考えられている。生きのびることを第一の目標とするなら、不安に苛まれるのは「当たり前」のことなのだ。「何かおかしい」、「このままではまずい」と些細な変化にも敏感に感じ取れなければ生き延びられなかった。著者はこう書いている。

脳は心配という感情を沸かせることによって、引きこもらせたり世界を危険に感じさせたりする。そのせいで脳が機能不全に陥っているとか病気だとか思うなら、「脳の最も重要な任務は生き延びる事」だというのを忘れてしまっている。

 人はポジティブな情報よりネガティブな情報に注意を向けやすく、また記憶にも残りやすいという、「ネガティビティ・バイアス」を持っている。それは進化の必然なのだ。

うつ症状=感染症防御メカニズム?

 人類の半数は大人になる前に死んだ。ほとんどが感染症で。20世紀の初頭まで、死因のトップ3は肺炎、結核、胃腸炎だった。どれも感染症。ただ狩猟採集民だったころは様々な場所から大勢の人が集まることは無かったので、当時の感染というのは動物から人間に広まったウイルスや細菌では無かった。それは主に汚染された食べ物や怪我からの感染だった。抗生物質が無い場合、傷に黴菌が入ると悲劇的な結末が待っている。では怪我のリスクがあるとき、何を感じた?そう、ストレスを感じたのだ。人類が誕生してから現在まで、ストレス=感染のリスクの高まりだった。今回のコロナ禍における強烈なストレスはこのメカニズムによって引き起こされたのだと思う。

 ストレス=感染リスクの高まったシグナル。これを感じると免疫系が活発になる。咳をしている人を見ただけでも免疫系が起動するようで、これを「免疫機能の拡張」と呼ぶことがあるらしい。吐瀉物を見た瞬間に顔を背けてしまうのもこの機能。細菌やウイルスが体内に入ってから対応するより、入らないようにする方が確実だから。さらにこの「免疫機能の拡張」は、感情を使って感染のリスクそのものから距離を取るように人々を行動させると考えられている。精神状態を悪くして、外に出たくなくなるようにする。最近の研究によれば免疫系の活動が私たちの精神状態にも影響を及ぼし、それが活発になるとうつの要因になるようだ。

 ここでもまた、『脳の最も重要な任務は生き延びる事』だという事を思い出せば、それは至極まっとうな反応だ。

現代の炎症は「長く続く」傾向

 炎症とはなにか?それは怪我、毒、細菌、ウィルスなどあらゆる刺激に対する体の反応のこと。人類の歴史のほとんどの期間、怪我、毒、細菌、ウイルスが炎症の原因だったが、それが今では現代的なライフスタイルが炎症を引き起こしている。現代において炎症の原因となっているものーーーずっと座っていること、肥満、ストレス、ジャンクフード、喫煙、環境汚染等々。そして歴史的には短期的だった炎症が、現代では『長く続く』傾向にある。その長く続く炎症に対して、脳は「命が危険にさらされている。常に攻撃を受けている!」と誤解する。

 そうするとどうなるのか?やはり脳は気分を下げて引きこもらせようとするのだ。ちなみに現代における最大の炎症要因は長期的なストレスと肥満とのこと。

 著者はこのように書いている。

私たちが病気として見ているものの多くが実際には防御メカニズムだ。

「運動」と「仲間」

 うつというのは様々な神経生物学的プロセスによって引き起こされる多様な状態の総称だという。という事は、いくつもの要因が重なり合って引き起こされるものであるのだが、どのような要因であろうとも、運動にはたいていうつと真逆に働く機能がある。細かい話は本書を読んでもらうとして、運動には精神を安定させる脳内物質の放出と、長期的に見れば炎症を抑える効果がある。

 そしてうれしいことに、運動だったら、というか体を動かせばその種類によらず、メンタルにはいい影響があるとのこと。重要なのはどんな運動をするかではなく、とにかく何か運動することだ。ただ、不安を予防したいなら、心拍数を上げる運動が良い。また運動は脳にも良い。人類がそのほとんどの時間を過ごしてきた狩猟採集時代、思考力を最も必要とするのは運動しているときだったのだから。

 しかし人間は運動を嫌う。それは無駄にエネルギーを消費しないためだ。そもそも運動という概念そのものが現代にのみ通用する概念で、汗だくになって走っては同じ場所に戻ってきたり、重いものを持ち上げてはおろすだけの動作を繰り返すなどという行為は、何十世代か前の祖先からみたら狂気の沙汰だろう。せっかく取った食糧(エネルギー)を、ただドブに捨てているも同然なのだから。

 運動には精神にも認知機能にもとてもいい影響があるにも関わらず、エネルギーは貴重なので動きたくはない。この矛盾したロジックを知っただけでも一歩前進だ。著者はどうしても運動したくないとき、このように自分を鼓舞するらしい。

「自分の遺伝子にーーーましてや進化なんかにーーー支配されてたまるか!決めるのは私だ!」それで毎回ジョギングシューズを履けると言えば嘘になるが、上手くいくこともあるのだ。

 そして運動と共にうつから守ってくれるものとして、著者は仲間の存在を上げている。現代でも狩猟採集民にうつは珍しいらしく、それは運動量が多く、仲間と密に関係しているからではないかと。現在でも狩猟採集をしている民族を調べると、1日に平均15,000~18,000歩ほど歩いていて、2,3時間は体を動かし、そのうち1時間は激しく体を動かしているとのこと。最近の研究からざっくり結果を算出すると、うつ全体の20%が孤独によるもので、12%はもっと運動をすれば防げたという結果になるようだ。世界規模で考えると、うつの人を1億人減らせることになる。

 そして本は最終盤、「人類」を下記の様の総括する。

私たちの祖先になれた人は「一緒に」生き延びてきた。地球上で最も優勢な動物に慣れたのは一番強かったからでも、足が速かったからでも、賢かったからでもない。協力するのが一番得意だったからだ。だからこそ孤独に苦しむことにもなった。

 そして幸せについての定義でこの本は終わる。

幸せとは幸せについて考える事をやめ、意義を感じられることに没頭した時に生まれる副産物なのだ。

最後はやはりヴィパッサナー

 私は別記事、『スマホ脳』の最後で、ブッダの瞑想法「ヴィパッサナー瞑想」にこの状況を打開する答えがあるのではないかと書きましたが、本書を読んでもやはり同じ感想を持ちました。

 脳が感情を使って人を行動させ、それによって私たちの祖先は命を繋いできたが、苦しみの原因になっていた。ブッダが看破したのはまさにそこで、人は動いて食料を探し、食べていかなければ生きられないという命題を反転させ、静かに瞑想することで感覚と反応の関係を精緻に観察し、それを滅する方法を提示した。『火災報知器』が発報しても、反応しないことによって、その音量がだんだん小さくなり、やがて消えていく道を示した。

 そして現代の仕事や社会というのは、他の人の『火災報知器』を焚きつけることで成り立っているのだとも思う。自分も誰かから焚きつけられ、それを他者に強要する。その連鎖反応で。結果、ただただ疲弊していく。。。

 そのことに無自覚でありたくないし、可能ならその一部にもなりたくはないと今は思っています。その輪から抜け出して、生きていくことができるのであれば、その道を探っていきたいと。

 それではアニッチャ!!!

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